父のこと
こんばんは、くにっぽです。
今日は、父のことを少し書きたいと思います。
父は私が子どもの頃は、厳しい人だと思っていました。でも、優しいところも時々みせるので、大っ嫌いにはなれませんでした。
高校生の頃から少し反抗期を見せ始めた私。
仲の良い友達の家に泊まって、一緒に家庭科の宿題をする約束をしました。ところが、父は大反対です。
私は反対される意味が分かりませんでした。
その友達は、クラスもクラブも一緒のいつもよく話してる友達です。
友達のお母さんが裁縫が得意なので教えてもらいながらすることにしていました。
場所も、電話番号も伝えています。
父は「人の家に泊まるのがいけない、人さまに迷惑をかける」と。
友達のおばちゃんも「いいよ」って言ってくれているのに、父は「ダメだ」の一点張り。納得出来なかった私は、初めて逆らい家をでました。
そして、友人の家で宿題をしている時、友人の家に父から
「お世話をおかけしますが、よろしくお願いします。」と、電話があったそうです。
友達のお母さんから、
「娘さんと代わりましょうか?」と言われると
「いえ、いえ、結構です。ただ、お礼の電話だけさせてもらいました。」
と、言って切ったそうです。
厳しかった父のその行動がちょっと嬉しかったです。
あの後、帰ってからも、そのことで叱られることはありませんでした。
それから、父との思い出で忘れられないことがありました。本当に申し訳なかったと思ったこと。それは、
高校生の頃、バドミントンクラブに入り毎日休むことなくクラブ活動をしていました。
ただ、夏休みや冬休みは、活動が朝から昼まで、昼から夕方までと、分かれていたためその空きの時間に喫茶店でバイトを始めました。
クラブで使う靴とかラケットとかスコートやジュージなどの費用を調達するために始めました。
そして、いつもは、昼からバイトに入った時は8時ぐらいに終わり、それから家に帰るのですが、その日は年末で私のバイトもこれで終わりの日でした。
同じバイトの若い高校生の人たちと正社員の21才ぐらいのバーテンさんたちの6人ぐらいで忘年会に急きょ行くことに決まり、皆で店に繰り出しました。
場所は難波の繁華街。皆といると時間の経つのが早くて、時計も持ってないこともあり、気がつけば自分が感じてた時間より大幅に過ぎていました。
高校生で、お金はたくさん持っていません。お酒も飲まないし、食べるのも鍋で、あまり食べていません。
なので少し持っていたお金だけで良いと、持ち金を全て出しました。電話代も残りませんでした。
そして、地下鉄に行くとシャッターが降りていて、びっくりしました。
「わー、どうしょう。こんなに遅かったんや。お父さんや、お母さん心配してるやろな。おこってるやろな。」
でも、仕方ありません。そして、私の最寄りの地下鉄の駅までタクシーでウェイターの人に送ってもらい、そこから歩いたら15分の道のりを走って帰りました。
そして、家に着けば鍵がかかっていました。
「やっぱりなー。そらそうやわなー。
今回は、全て私が悪い。親に心配かけて殴られても仕方ない位なんやから。」
と、家の前で「締め出しやなー」って、思ってたその時、玄関の扉が開いたんです。
「あー、怒られる。」って、思って父を見ると、父は顔面蒼白で手は小刻みに震えていました。
心配のあまり、いつもの父ではありませんでした。そんな父を初めて見ました。
「K子、帰ってたんか?今まで何してたんや。事件か事故に巻き込まれたかと思った。
今からどっちに探しに行けばいいか分からないが、それでも探しに出ようとしてたとこや。」と。
いつも、大人しい母が、父に代わって珍しく大きな声で怒っていました。
「どんだけ心配かけるんや。今から警察に電話しようとしてたんやで。」
鍵をかけたのは、父ではなく、私がまだ帰ってないのを知らなかった姉がかけていたみたいでした。私は殴られることなく、今日あったことを両親に話しました。
殴られても仕方ない。それぐらい両親に心配かけたんだ。本当に申し訳ないと、心から思いました。
そして、無事で良かったと、何もなくて本当に良かったと喜んでくれる両親に、
「私には、こんなに心配してくれる両親がいるんや。」と、嬉しさと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
ただ、あれ以来、私の信用は一気になくなったみたいですが (^^;)
今日もここまで読んでいただきありがとうございます。